大阪都構想が必要な理由〜鉄道事業に見る縮図〜

大阪都構想を取り巻く現状

二重行政の解消。身近な住民自治の実現。それまで閉塞感の強かった大阪に橋下徹氏が知事として就任し、その改革ツールとして大阪都構想なるものを打ち出し、2015年の住民投票で否決となってから早くも5年が経とうとしている。否決とはいえ賛否は真っ二つだった。しかもその後の首長選では都構想の再挑戦を掲げた維新の候補の圧勝が続いている。しかし依然として、既に否決された事だとして根強い反対派が存在する。彼らの言い分に少しだけ反論しておくと、法的拘束力を持って否決されたのは橋下市長時代に提案された「協定書」であって、特別区設置法が存続する限りは条件を満たした全国の都市が「都構想」を実施する事が出来、大阪だけが未来永劫その選択肢を奪われた訳では無い。

反対派の詭弁

彼らは口癖のように「大阪市のお金が府に吸い上げられる」と言う。大阪府民でもある大阪市民は、大阪市民の為に使うお金を大阪府に使われたらマズいと感じるのだろうか?これまで大阪市が政令指定都市として担ってきた広域行政予算は一旦府に入る事になるが、これらは現在の大阪市域である特別区に使われる物として、特別会計という枠で守られるルールになっている。今までの権限と財源、お金と仕事をセットで、面倒を見てくれる役所が変わるだけである。にもかかわらず、彼らはこれがそのルールをかいくぐって大阪市外に使われる可能性があるのだと言う。 だとしたら、一体何に使われるのか、彼らには具体的な予想が出来ているのだろうか?これまでの大阪府の広域行政だって、大阪市のそれと切り分けて大阪市以外だけを担って来た訳ではない。それどころか、二重行政の名の如く、負の遺産の数々は大阪府による物も多くが大阪市内に作られた。この絵で言うと総額の60%が大阪市内。大阪市の人口は大阪府全体の30%だから、既に大阪市に大サービスをしている状態である。「大阪府全体で好きに使っていいよ」と言うお金も結局はこうなってしまう大阪府の広域行政。特別会計という名の元に新たに大阪市から受け継ぐ、特別区にしか使えない筈の2000億円をコソコソ市外に使うという事があり得るのだろうか?法定協議会をいちいち全部チェックしていない私だって、ここまで書いた理屈だけで「そんな事はない」と言える。大阪府にそんな動機があるなら、今まで何十年も二重行政と叩かれ続けたお金を先に引き揚げれば良いだけだからだ。他にもツッコミ所はあるのだが、長くなってしまうので、以上で彼らの弁が大阪市民の不安を煽りたいだけの「詭弁」だと思われる理由はここまでとする。

大阪府市の二重行政

【出典】大阪維新の会

鉄道の「二重行政」

結論から言ってしまうと、彼らは同じ大阪市内に作る物でも、大阪府と大阪市では「作りたい物や目的」が違う事を、言葉をすり替えて言っているのでは、と思っている。
では問題は「どちらが大阪の為になるのか」という事で、この話に当てはまると思われる2つの鉄道事業を比較してみたい。
先日、大阪の鉄道に必要とされながら30年ほど頓挫してきた「なにわ筋線」の事業化が漸く決まった。
新大阪から現在建設中のうめきた新駅を通り、中之島、西本町を経由して、現在行き止まりとなっているJR難波と南海新なんば駅に繋がり、両線から相互に乗り入れて直通させる新路線である。全国への玄関口・新大阪駅と世界への玄関口・関空を結んで市内主要部を串刺しにする、大阪をハブ化させるのに非常に有用な路線であると共に、カンの良い方は「東京みたい」と思ったかもしれない。そう、東京では無数に存在する地下鉄の殆どが私鉄など既存の郊外路線へ直通する形態を取るとともに、JRの幹線も山手線などに寄り添う形で都内主要部をブチ抜いている。
ところが大阪の現状はどうか。ビジネスや商業の中心である中之島・堂島界隈、本町・心斎橋界隈などが多くの人にとって「地下鉄でしか行けない場所」になっている。それらの場所へ行きたければ、京都や神戸から来た人は梅田、和歌山や奈良から来た人は難波か天王寺で「一旦全員降りて下さい」という扱いだ。もしくはこれら大阪の三大繁華街へ郊外各地からアクセスする場合も同様である。
JRがかろうじて環状線に関空・紀州路快速や大和路快速を乗り入れさせているが、過密ダイヤ故に15分おきに留まる。特急電車もここに詰め込まれ、追い抜きが出来ないので無停車にも関わらず遅い。普通電車も昼間は15分おきに減らされている。野田や芦原橋といった普通電車しか止まらない駅は大都市の市内にも関わらず、鉄道業界が地方都市で採用している「時刻表を見ずに利用出来るギリギリの頻度」という信じられない状況になっている。
こういう状況が、大阪市内の鉄道の課題となっている。特に、長年住み慣れて当たり前だと思わされている関西人よりも、遠方からの旅慣れた人、或いは関東などに住んだ事のある関西人は違和感を感じるようである。
特に、大阪南部から新大阪や京都を目指したり、大阪北部から関空や和歌山を目指す時の大阪市内の貫通がネックだ。

こんな事があった。大阪市内の阪和線沿線から大阪市内発東京都区内行きのJR乗車券と新幹線の切符を買って、JRで新大阪を目指したのだが、よくよく時間を確かめると間に合いそうもない。スマホで検索するとギリギリ間に合う方法があった。天王寺で降りて地下鉄に乗り換えろと言うのだ。280円余計にかかるし、あのトロくて混雑する地下鉄にわざわざ乗り換えた方が早いというのだ。こんな事は東京や名古屋では考えられない。

大阪の場合

大阪の場合

東京の場合

東京の場合

結局、僅か18㎞で40分か50分かの選択だった。乗換えが前者の場合1回、後者の場合2回。東京駅からなら同じ時間で40㎞先の千葉まで乗換えなしで行ける。これは新幹線の速さが台無しになるような時間である。
なにわ筋線があれば恐らく関空特急や関空紀州路快速などがこちら経由となり、こんな状況はかなり改善するのだが、大阪市は府市と国で出し合う4100億円(注:現行案は3300億円に圧縮)に対し、財政難を理由に難色を示し続けた。

今里筋線の謎

今里筋線の謎

図3

ガラガラの今里筋線

写真1:今里筋線

では大阪市は本当にお金が無かったのかと言えば、2006年にたった11kmに2700億円もの大金をかけて今里筋線を開業させている。大阪市にとってはなにわ筋線より大きな負担である。で、これが大阪市民にどれだけ利用されているのかといえば、一日平均利用者数で言えば約7万人。御堂筋線の118万人と比較するといかに少ないかが分かる。収支の健全性を示す営業係数(100円稼ぐのに必要なコスト)は2017年現在で231の大赤字だった。
推進派は近年の利用客の伸びを主張するが、昨年2019年には似通った場所にJRおおさか東線が開通した。20kmで1200億円と距離あたりの建設費は1/4、実際に乗ってみると明らかに今里筋線よりよく利用されている事が分かる。では今里筋線の必要性はどの程度の物なのだろう。
メガループという考え方がある。都心から放射状に伸びる路線が充実してくると、その外側に行くほど路線の間隔が空くので、横に繋げてやる必要があると言う事だ。今里筋線の役割を何某か定義するとすればその一つという事になる。

東京のメガループ

図4:東京のメガループ

おおさか東線

写真2

ご存知の通り、東京には山手線、大阪には大阪環状線という都心の環状線がある。これに対し、東京でメガループの役割をしているのは武蔵野線、南武線、京葉線(これらが繋がって一つの輪)。これは都心から半径20km圏を横に結ぶ大きな環状線だ。
しかし大阪はこれより小さな範囲に、大阪府による大阪モノレール(延伸中)、おおさか東線、大阪市による今里筋線がある。
東京よりスカスカな放射状路線を、これらより密集した環状路線で繋いでいる異常な状態だ。今里筋線は場所によっては大阪環状線の僅か1km外側を併走し、更に2km外側のおおさか東線に挟まれる。おおさか東線は快速や私鉄の特急の停車駅で交差しながら末端は新幹線のある新大阪駅に繋がっており、言ってみれば「山手線にあって大阪環状線にないもの」を補っているので便利である。各停しか止まらない駅とダラダラと交差するだけの今里筋線とは対照的だ。いかにそのパイが沿線に張り付いた限られた範囲なのかが分かる。なのに整備費用はこの界隈では飛び抜けて高い。
大阪全体で最適なメガループを考えたら、今里筋線よりもモノレールの更なる延伸を考えた方が良いだろう。大阪市外になるが、用事のない人が大阪市内に集中する事もなく、放射状路線の利用も上り・下り両方向に分散するのでピークの集中が避けられるなど、大阪市民にとってもメリットがあるはずだ。

今里筋線延伸計画の攻防

そんな大阪市ではこの今里筋線を更に1400億円もかけて、既に都心へ向かう鉄道に恵まれている大池橋や杭全に延伸する構想を持っていた。大阪メトロ民営化は長らく反対多数で否決され続けてきたが、民間会社に移行すればこの延伸が中止されてしまうであろう事も理由の多くを占めている。つまり普通の経営感覚であればこんな物は作らない事は彼らも自覚しており、逆に言えば公共サービスの大義名分の元270万人の財布があれば出来る訳だ。この270万人の財布というのがミソで、こんな贅沢なお金の使い方をした地下鉄は東京にも他都市にもあまり見られない事はこの話の理解の為に知って頂く必要がある。
結局、地下鉄は2018年4月、当時の吉村市長の尽力の末に民営化されたが、難色を示していた会派は今里筋線延伸への基金の設立を賛成の条件として突き付けた。吉村氏は代替案としてBRTによる社会実験を行う事で織合いを付け、辛うじて彼らの望みが繋がった形になっている。我が国の第二の都市の貴重な1000億円超の財源を、赤字にしかならない、恩恵の限定的な地下鉄に使う事に拘り続ける人たちが、まだ大阪市役所の中では大きな力を持っているという事になる。
こんな大きなお金は、本来は270万人に広く使われるべきである。270万人といえば京都「府」の人口を超え、多くの県と比べても多い。
滑稽な事に、「大阪市のお金が市外に使われる」と騒ぐ人たちが、府県並みの自治体の中で、住之江区民や此花区民のお金を遠く離れた今里筋界隈に集中投下する事には頓着していないのだ。これが「大阪市のお金を扱っている人達」の意識である。いったい誰のお金か勘違いしていないか。

「市民の財産」という考え方

こんな台詞も良く聞かされた。
「大阪市営地下鉄は大阪市民の税金で作った市民の財産」
今里筋線の延伸に不利な民営化に抵抗する推進派がよく使って来た言葉だが、皆さんはご自身の近くを走る私鉄やJRと比べて地下鉄を自分の財産と思った事があるだろうか?
地下鉄は道路などと違って、利用者から運賃を取っている。これは私鉄やJRと同じだ。しかも前述の如く、市内主要部は地下鉄の独占状態で、東京メトロ等と比べてもかなり高い。この運賃で、建設時に投じた税金や借金を回収して行く。市営時代は補助金まで充てられ、大阪市民は事実上、あの高い運賃以上に負担を強いられていた格好だ。市民はこれを財産と思えるのだろうか。私はまったく別の人達がそう思っているように思えてならない。
今里筋線は赤字。走れば走るほど借金が増えていく。しかし、この必要性を唱える人たちは、御堂筋線と合わせて黒字になれば良いのだと言う。
確かに、大阪メトロは市営時代末期から黒字化し、今や優良級の黒字である。ただ、大阪メトロは利用者の7割が大阪市外からの乗客である。つまり、大阪市の借金の多くを大阪市外の人たちが返しているとも言える。
言ってみれば市民サービスの大義名分の元、借金がすぐに返せる仕組みが既にあったと見る事も出来る。逆に何故、市営末期まで赤字だったのか。運転手の年収が800万円超など放漫経営ぶりが報道された事もある。オスカードリーム等の負の遺産も生んだ。一体誰が得をしたのだろう。今里筋線の延伸は関市長時代、こういう体質の改革と共に一旦中断、見直しの対象となった事業の一つである。

今里筋線推進派の執念

今や大阪の鉄道事業は市民サービスと言うよりはもっと広域に還元した方が良さそうである。私がネット等で調べた限りは大阪市民であっても今里筋線よりもなにわ筋線を望む声が多そうだが、今里筋線派はなにわ筋線の整備に反対する意見でも一致が見られる。これは果たして、単なる優先順位の取り合いだけの話なのだろうか。
大阪市会の議事録を「なにわ筋線 8号線(今里筋線の事)」で検索すると、一部の会派でなにわ筋線の批判と今里筋線の必要性をセットで訴える発言がいくらか見られる。ちなみに、延伸先の沿線に、その会派の拠点が存在する。ネット上の今里筋線派の面々にもなにわ筋線を目の敵にするかのようなコメントが見られた。
ここまで説明してきた通り、なにわ筋線は御堂筋線に対し、補完的により利便性を向上させ、同線への集中を分散させながら大阪中心部の発展に寄与すると考えられるが、つまりは御堂筋線から客を奪う事である。うめきた新駅〜天王寺の運賃は環状線経由と同額(現行200円)になると予想され、大阪メトロの同区間のそれ(現行280円)が維持出来るかも怪しい。つまり今里筋線にとって「御堂筋線と合わせて黒字になれば良い」状況を明らかに脅かすのだ。地下鉄を商売の道具のように考え、その恩恵にぶら下がりたい人達にはこんな話は面白くないのかも知れない。
しかし、大阪の発展を考える側に立てば馬鹿馬鹿しい話だ。そうだとすれば、大阪市の政治家達はどこを向いて仕事をしてきたのだろう。ふと、私の頭に「役所栄えて街栄えず」という言葉が浮かんだ。こういった所にかつての大阪の衰退に繋がる話があるような気がしてならない。

都構想で見えてくる大阪メトロの行方

今里筋線推進を訴えるコメントをネットでも散見するが、当然彼らは、反都構想、反維新である。
大阪都構想が実現すると、現在大阪市が100%保有している株は特別区に4分割される。
今里筋線の南伸部は新・天王寺区となるが、ごく一部の人が1400億円もの整備費の為に270万人分の財布をアテにするという構図は無くなる。
しかし50〜70万人単位で決められるお金の使い方がある事は正常な姿であり、都構想効果の一つの縮図とは考えられないだろうか。
鉄道は本来広域行政で、都構想への移行後に延伸計画があるとすれば、都・特別区や大阪メトロの意見は負担割合に応じて折り合わせられていくと思われるが、各区はそれぞれ株主としても今後の地下鉄のあり方を提案出来る訳だ。

新・淀川区から見れば、今里筋線は南伸より北伸だろうし、新・中央区なら今後活性化しそうなベイエリアと都心の両方に人を呼び込みやすいように四つ橋線の南を私鉄に繋げる事を考えるかも知れない。
一つ言える事は、他区の負担も顧みず「赤字でも作れ」とはならないであろう事だ。自立採算を前提にしてもワクワク出来る提案はいくらでも出来、より健全な鉄道整備が想像出来る。
私は都構想でバラ色になると言うよりも、こういう当たり前の事をするだけだと思っている。しかし、それで長年封印されてきた大阪の本来のポテンシャルが何らかの形で呼び覚まされると思う。ただポテンシャルが高いだけでなく、「変わっていく」事が、この国全体にも刺激と活力を与えると思うのだ。
お住まいの地域がどう変わるか。鉄道はその一面に過ぎないが、一つの縮図として、来る住民投票に臨む皆様の参考になれば幸甚である。

(文責:午後の紅茶)

関連リンク

続・大阪都構想が必要な理由〜鉄道事業に見る縮図〜