大阪市フルセット主義からの脱却

地方自治体を再編する根拠とは

 いわゆる大阪都構想というのは、”大阪市を廃止し、特別区を設ける”という大阪市域における地方自治体再編構想のことです。ところで、この地方自治体再編構想の根拠はどこにあるのでしょう?現行大阪市を今後も維持するというのではなく、わざわざコストをかけて再編するという根拠は一体何なのでしょうか?
 実は、その根拠が示されている法律があります。それは地方自治法です。第二条第十五項にこう記されています。

地方公共団体は、常にその組織及び運営の合理化に努めるとともに、他の地方公共団体に協力を求めてその規模の適正化を図らなければならない。

 つまり、地方自治体の組織や運営が合理的で無ければ合理化し、地方自治体の規模が適正で無ければ適正化するということが法律上の要請として常に求められているのです。
 そして、今の大阪市に対しては、”組織及び運営の合理化に努め””規模の適正化を図”る必要があると考えられ、その実現手段の一つとして、いわゆる大阪都構想が提案されているのです。

なぜ”大阪市を廃止”するのか

 繰り返しになりますが、”組織及び運営の合理化に努め””規模の適正化を図”る必要があると考えられる、というのは、逆に言えば今の大阪市には組織及び運営において合理的では無い部分があり、規模について適正で無い部分があるということです。
 そこで、大阪市の現状をおさらいしてみます。今の大阪市は、対象となる規模が異なる3つの行政サービスを提供していると言えます。

  1. ①広域行政【大規模】
  2. ②今の大阪市域が規模としては適正である行政サービス【中規模】
  3. ③大阪市域より細かい範囲で実施する方が効率的な行政サービス【小規模】

 ①は、政令指定都市として実施している権限で、広域自治体である大阪府と同等の権限になります。なので、この行政サービスについては、大阪市と大阪府で適切な連携を取ることができれば特に問題は無いのですが、そうでなければ二元行政による弊害が発生してしまいます。
具体的には大阪府と大阪市で同じサービスを提供してしまう「公共財の過大供給」(いわゆる二重行政)や、広域交通インフラの費用負担を大阪府と大阪市で押し付け合った結果、何年経っても進捗しないという「公共財の過少供給」といった問題があります。

 ②は、大阪市域を対象として提供することでスケールメリットが働き、現行の大阪市においても効率的に実施できる行政サービスとなります。具体的には、消防や水道、都市計画などが挙げられます。
 ③は、大阪市域を対象としてしまうと、スケールメリットを飛び越えて、集積の不経済・混雑効果が発生してしまい、却って非効率となってしまう行政サービスです。一例を挙げれば、教育委員会があります。
記憶に新しいですが、災害時対応において1つしかない教育委員会から400以上の各学校園へ指示をするとなると、どうしても混雑してしまい、非効率な部分が発生します。教育委員会を複数にして、それぞれの教育委員会において担当する学校園の数を適正な数に減らした方が、より効率的だと言えるでしょう。

 以上のように、今の大阪市は適正な規模である②【中規模】の行政サービスだけではなく①【大規模】③【小規模】もまとめて実施しているのですが、はたしてそれは合理的だと言えるのでしょうか?効率的にサービス提供できる範囲・規模がそれぞれ異なるはずの行政事務を、大阪市という同一の地方自治体があれもこれもすべて実施しているというのは、やはり合理的だとは言えないのです。
 かつての高度成長期のように人口も税収も右肩上がりの時代であれば、これらの合理的では無い部分があっても、それを補うことができていたのかもしれません。しかし、これからの人口減少社会を見据えた場合、人口も税収も右肩上がりを見込むことが難しいことを考えると合理的では無い部分を積極的に見直していく必要があります。
 また、人口について言えば、大阪市特有の問題として、昼間人口への対応というものがあります。東京特別区以上の昼夜間人口比率となった大阪市域においては、常住人口(夜間人口)の1.3倍にもなる昼間人口に対しても行政サービスを提供しなくてはなりません。今は政令指定都市である大阪市が昼間人口への対応を実施していますが、昼間人口の6割が大阪府下から大阪市へ流入しているという事実を考えると、これからも今の大阪市で対応し続けることがはたして合理的なのか、あらためて考え直す必要があります。
 まとめますと、大阪市は政令指定都市であるがゆえに、②【中規模】に加えて①【大規模】③【小規模】といった、規模が適正とは言えない行政サービスを実施し、さらに大阪市特有である昼間人口への対応も併せて実施しているわけです。
 ”組織及び運営の合理化に努め””規模の最適化を図”るという法律上の要請の点からも、政令指定都市からの脱却、すなわち、大阪市の廃止というのは、ある意味当然の帰結だとも言えるでしょう。

なぜ”特別区を設ける”のか

 それでは、大阪市を廃止して、どのような基礎自治体に再編すればよいのでしょうか。ここでヒントとなるのは補完性の原理です。決定や自治などをできるかぎり小さい単位でおこない、できないことのみをより大きな単位の団体で補完していくという補完性の原理に従うのであれば、再編後の基礎自治体は”できるかぎり小さい単位”を目指すことになります。
 それはすなわち、先に述べた③【小規模】の行政サービスに適した規模を目指すということになります。そして、③【小規模】の行政サービスに適した規模を基準にするならば、必然的に①【大規模】②【中規模】はより大きな規模の自治体において実施することが適当な行政サービスだということになります。
 ①【大規模】②【中規模】の行政サービスをより規模の大きな自治体に移譲し、③【小規模】の行政サービスに注力できる基礎自治体、それが特別区なのです。ちなみに、同じような考え方として「一般市への分市」がありますが、この場合、①【大規模】は分離できても②【中規模】③【小規模】が分離できません。つまり、今の大阪市域よりも小さい範囲に分市した結果、自治体規模とマッチしない②【中規模】の行政サービスを実施することになり、スケールメリットが失われ、結局合理的とはならないのです。
 ①【大規模】②【中規模】(それに大阪市の場合は昼間人口対応)を”他の地方公共団体に協力を求め”るという形で広域自治体(大阪府)にて実施し、複数の特別区において③【小規模】に専念する、これにより大阪市域における基礎自治体の”組織及び運営の合理化に努め””規模の適正化を図”ることができるのです。

大阪市フルセット主義からの脱却

 かつて、市町村は行政サービスをフルセットで実施すべきだという総合行政主体論(フルセット主義)や基礎自治体優先の原則が強調された時期もありました。しかし、その場合においても、対象となる基礎自治体については、地方自治法第二条第十五項にある”組織及び運営の合理化””規模の適正化”がきちんと検討される必要があったはずなのです。

【出典】自治体戦略2040構想研究会について

 そして、人口減少社会がより現実的となった現在では、かつてのような基礎自治体の権限強化よりも、むしろ基礎自治体の持続可能性の方に重点が置かれるようになり、総務省の基礎自治体による行政サービス提供に関する研究会自治体戦略2040構想研究会といった有識者会議において、”市町村が単独であらゆる公共施設等を揃えるといった
「フルセットの行政」から脱却し””行政のフルセット主義を排し”
といった言葉が報告書に記載されるようになりました。

 これらの指摘は、実は大都市である大阪市域でも同様に当てはまるのです。大阪市域における基礎自治体の持続可能性を考えるなら、大阪市フルセット主義から脱却し、”組織及び運営の合理化に努め””規模の適正化を図”るという、法律に規定された基本に立ち返るべきです。この流れの中で、大阪市を廃止して特別区を設置するという、いわゆる大阪都構想が登場してきたというのは、決して政治的な偶然などではなく、大阪市域の今と将来を見据えた上での必然であり、そして、またとないチャンスでもあるのです。

(文責 閃)